深セン和僑会
 
協賛企業・団体様
深セン和僑会メンバーブログ
深セン和僑会の様子
深セン和僑会では学習意欲の高い皆様のご参加をこころからお待ちしております!

 

過去の講演・活動

1 - 2

2008年度4月第17回深セン和僑会議事録 (2/2ページ)

【私のキャリアの紹介】
20代は、富士銀行と外務省、30代はANA、この頃は自分の方向性を捜し求めていた。
いつも自分の方向を探しながら過ごしていた期間だったような気がしています。
富士銀行は、4月に入って12月に辞めた。円の国際化、金融の自由化と言われ金融が流行っていた時代なので、何となく銀行に決めてしまった。
(しかし、)入ったら、違う、失敗した。と感じた。(同じ大学の友人で)住友銀行にいった人がいて、「銀行辞めたいんだけど」、と話しをしたら、「俺も」ということで、そこで外務省の在外派遣員に応募しようという話になり、辞表を出した。

別に何でもよかったのですが、(応募したら)二人とも受かった。友人はドイツに行って
私はオーストラリアに行った。
住んでみて海外のことがわかった。色々な気づきがあった。
最初の半年間は、「大使館の組織は日本村。毎晩宴会があり必ずどこかに呼ばれる。そういう生活を半年間。続けてきた。」これではいかん、ということで、日本村につかっていない総務省の(お知り合いの)方に相談した。
(その結果)他国(の人々)に関わるということにした。
今考えるとよい決断でした。
皆様にも是非お勧めしたい。もちろん、日本人と中国人は違いますので、日本人同士でストレスを開放することも必要。ただ、もし10回それがあるとしたら、5回は我慢して中国人の方と(食事を)食べにいったほうがいい。私もオーストラリア人と関わるようにした。
2つ目は内緒。3つ目はオーストラリア人のガールフレンドを作った。人間の感情を外国語で伝えるというのは後で身になる。
これが後後大きな力になった。

その後はANAに入社した。このときもあまりきちんと考えていなかった。大使館の宴会や接待などの場にANAの人がいた。(ちょうど任期も切れるので)ANAの人から「日本に帰ったら連絡しなさい」とご紹介いただいた。帰ってとりあえず会いにいったら人事部長だった。そして内定をいただいた。ただ、あまり考えずに入って、また失敗したと思った。

(当時のANAは)国土交通省に守られて、変える意識も競争意識もない。純潔主義が強かった。あまり中途社員がストレートにいうと、煙たがれる。
そんな組織風土だった。
なので、ここでは厳しいと思い。転職をすることにした。外資系も考えたが、まずは日系からやってみようということで日系のコンサルティング会社に入った。行動改革のコンサルタントになった。JIMACの事業部に自分で志願して入った。
初日、事業部長に部屋に呼ばれて「どうして君はコンサルティングになりたいのか?」聞かれた。そのときに「社会を変えたい、会社を変えたい」という青臭いことを言ったら、
その事業部長から「いいコンサルタントになれない」と言われた。
人の行動を変えるというのは恐怖心が伴う。「自分がどう見られるか?イメージ崩れるかっこ悪いとこを見られるのではないか?」という恐怖心が誰でも伴う。
(コンサルティングは企業さんを変革させる。行動を変えさせるということ)よって、企業さんと行動を変えることに対する恐怖感といった感情を共感しないといけない。
そういう疑似体験をもっていないといけない。
“自分を変えていくことにコミットできない人は他人を変えることはできない”
と言われた。
目から鱗だった。

なので、それから、「人間について学んだ」「自分を変える」ということにたくさん挑戦した。宗教がからない程度で、自己啓発セミナーにもいった
また、コンサルとしての思考法について学んだ
コンサルタントは(一般のビジネスマンとは)ちょっと違った思考パターンをもっている。代表的な考え方は構造化力。雑多な事実を整理して、これが課題じゃないか?ということが出来る力。これが苦労した。
(当時の)事業部長にずっとくっついていた。(当時は関西にクライアントが多かったので)月曜日の7:00ののぞみで出かける。
(その電車の中で事業部長の話をしたことを)「一言一句すべてメモを取れ」と言われた。「では、ポイントを書きます」と答えると、「あなたと私のポイントは違うでしょ?だから一言一句すべて取りなさい」と言われた。最初は全然追いつかなかったが、ようやく取れるようになってきた。すると、次は(事業部長のお話されたことを)「絵を描け」と言われる。それを構造化しろということだった。
「メモの上でいいから絵にしろ」というので、15分ぐらいかけて描いて提出したら、
「あんたの頭はスカスカか」と言われた、
次の機会には「あんたは思考定年か」と言われた。
こうやるんだ。と絵を書き直してくれた。これが構造化。
そういう訓練を積んでくると、
新聞を見ていても文字情報に絵が浮かんでくるようになった。
口頭の情報が絵として伝わってくる。
色々な議論があると白板の前で、その議論を絵に出来るようになった。

ここのJIMACでコンサルティングの基礎となる能力がついてきた。
もう少し、(自分の専門は)人作りをやりたいと思い、マーサーに移った。(JIMACで教えてもらっていたので)楽だった。(基礎メソッドは勉強する必要はなく)マーサーの知識を詰めるだけになった。
知識をつめるときも絵にしていった。絵にしていくと残る。
文字は記憶に残らないけど、絵なら残る。ということが分かった。
絵にしておくと、記憶に非常に残っていく。

マーサーに入り、途中から当時の会長が、マーサーJAPANの使命は、日本の外資を支援するだけではない。アメリカの本社の使命は果たしている。
今後は、日本の企業を支援することだといわれたので、「私がやります」と立候補して作り上げていった。それで今の自分の立場がある。

違いを前提とした社会(世界のマジョリティー)の行動原則を乗り越えたコンサルティングをやってきた。グローバルで観ると日本人同士の違いはピーナッツぐらい。異質な社会は、自然発生的にルールというのが必要になる。日本社会は同質な社会だからルールがない。ルールを入れると「言われなくてもわかる」「(逆にきちんとルールを入れようとすると)僕のことを信用していないでしょ?」といった話になってくる。目的を持った合理化が必要。それがわかるようになった。

【自然体の大切さ(キャリアの発見の仕方)】
自然体の大切さ。ストレスに感じていることを書いてみる。
その裏側にある「思い」や「期待」がわかる。
何となく思っていると、行動ができない。必ず書いたり、自分の思いを実現するためにとことん行動して、見極めてみることが必要。

【人の反応で自分を育てる】
人の反応がすべて。吉本の芸人はよく育つ。東京のテレビを見ていると中々育たない。吉本は劇場で受けないとお客様の反応がダイレクトになる。東京の芸人は面白くなくてもアシスタントディレクターが笑う。だから育たない。
自分で判断してはいけない。周りの反応に敏感になる。目的を共有して、思ったことや感じたことを素直に表現しあえるネットワークを作る。
周りの反応がすべてである。
それをやっていると不本意な精神的な病に倒れることを防ぐ。
自分の感情に素直になる。

【中国で人や組織をマネジメントする秘訣】
大きな組織であれば苦手、小さな組織の人は出来ている場合が多い。
@ 数年後にどうなっていたいか?
A そのための今年のゴールと有効手段・活動をクリアーにする。書き出すといかに
整理できていないのがよくわかる
B 仕事を求心力にして、引っ張っていく。ロイヤリティー、所属意識はない。忠誠心で求めてもない。組織や会社ではなく、仕事に対しての忠誠心はある。上に立つ人の大きな役割。

組織:
戦うために必要な役職とその役割を決めることが大切
そこに向かっていく体制、組織図。人員表ではなく,戦っていくための機能。
組織図に描かれているものは箱、機能を明確にすること必要。
ビジョンを実現するための組織と人を雇用を守るための組織は全然違う。

人の雇用を守るための組織は、今いる人達にどう働いてもらうか?と考えていると、上手くいかない。
よく大企業に、「理念やビジョン」を聞くと実は、分かっていない。

仕組み
説明できる仕組みが必要。中国人は知っている。ばれているのであれば、昇給や賞与を最初からオープンしておけばいい。隠そうとする会社はうまくいかない。
中国の人事制度 7DAYSプログラムのお勧め。ビリーのブートキャンプをヒントにした。ビリーが出来れば、知識とスキルは一緒。何を習得しないといけないか?周りにいる人が育ってもらう。知識・スキルの教育するのか、行動を教育するのか?の二つ。知識・スキルは左脳、行動は右脳。カラオケ得意なことは右脳が発達している。教育の対象をしないといけない。日本人のほうに7割ぐらいの原因がある。日本人の行動をもっと変えていかないといけない。中国人にしっかりとする。中国人に対しては、自分達の期待していることをはっきりとすることが重要

一人出来の悪い部下をイメージする
1ヶ月の接点を思い出す。何にいらいらしたか思い出してください。

米山さん何にいらいらしましたか?
理解してもらっていると思っていたこと、まったく違うことをやっていたこと
意思の疎通、技術力。
この質問、技術力に対していらいらしたら、誰かの行動に対して、いらいらした。表に出ている行動に対していらいらしている。マネージメントの裏側には期待している行動がある。この行動を噛み砕いて、分かりやすい言葉にして、整理をしてみて、これが自分が期待していることとしてみる。

話は終わります。ありがとうございました。

質問タイム:3問
高橋さん
「構造化」、絵にしてみてください。絵で教えていただければと思えばと思います
篠崎さん
 2次会までに紙にしてお渡しします

米山さん
コンサルタントをスタートするときに「自分を変えていく」というところの疑似体験をしたという話ですが、思い出に残るセミナー、お勧めセミナーがあれば教えてください。
篠崎さん
 自分のところでもあるが、パッケージ化をするのが難しい。でも仕事で多い。先週もインドではずっとやっていた。
 かっこつけて突っ張っていた自分があり、それを打ち破ることが難しかった。自己啓発型のセミナー。第1ステップで10万円ぐらいかかる。そこで大きな気づきがある。
メールでいただければ、ご連絡する。

筒井さん
 先生の理念の中に、日本人のグローバル化に尽くしたいと書かれているのですが大変なことを思いついた。香港貿易発展局から、日本の地方の企業の活性化のために、日本の各地で日本の和僑会を開きたい。地方が疲弊している。田舎にいけばいくほど、疲れきっている。中小企業を活性化させるため、和僑会みたいな活動ができないか?香港貿易発展局から来ている。理念をお見かけして、是非、どうしたら私どもとして日本の中小企業のお力になるか?ということを真剣に考えていた。
篠崎様
 今、おっしゃったこと。日本の地方は廃業の危機。事業継承がすごく難しい。廃業から継続か悩んでいるケースが多い。事業を継承をするための行動を起さないといけない。オーナー系の企業であればあるほど難しい。日本は適合型。周りに合わせて人に評価してもらうという教育。適合できる自分を見つけてなんぼと言う考え方。日本以外の多くの国は、どれだけアピールできるかということ。日本でやると変なやつになる。周りを見る。
不祥事起こした会社。業家族を見て仕事している。ミートホープや船場吉兆もそう
一皮むけるのは難しい。JKK(自分で考えて行動)というプログラムをやっている。
そういった企業風土を作らないといけない。風土、文化は人の行動。いかにたくさん作っていくか?そこにコミットできない経営者は事業を継承しないほうがいい。
保健所に垂れ込んでいる。内部告発。監視と摘発。2面相反がある。ちゃんと監視していなかった。となるから押さえている。そういうところも構造を変えていかないといけない。
正しいことは正しいと言えるようにならないといけない。
企業風土を変えていかないといけない。

 

1 - 2